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ZAKIOLOGY

大学生が自由気ままに書いてるゆるブログ

日本人はなぜ日本のことをしらないのか

こんにちは。

今回は、日本人はなぜ日本のことをしらないのかという本をテーマに書いていこうと思います。

 

日本人はなぜ日本のことを知らないのか (PHP新書)

日本人はなぜ日本のことを知らないのか (PHP新書)

  • 作者:竹田 恒泰
  • 発売日: 2011/09/15
  • メディア: 新書
 

 

日本人の歴史観への懸念

日本の歴史の教科書は、はっきり言って、勉強する意欲をそいでしまっている。日本人が日本を誇れるような内容が伏せられてしまっている。それが問題である。

例えば、日本は現存する国の中で最も歴史の古い国であり、日本の天皇万世一系で古代から継承されているという世界的にみても唯一無二の存在であるということは学校では教えられない。

ほかにも、日本の建国については触れられていない。

思い出してほしいのだが、日本の中学校の歴史の教科書には最初に何が出てくるだろうか。

僕が覚えている限り、サヘラントロプスチャデンシスやアウストラロピテクスが最初に出てきた。

日本の建国をやらずして、最初に意味もわからないような名前を覚えさせられる中学生が歴史に興味をもてるだろうか。

日本の建国は、古事記によれば、神武天皇の即位である。

現在の奈良県、橿原にて、神武天皇は即位したとされている。なお、橿原神宮では、かむやまといわれびこのみこと(神倭伊波礼毘古命)という御神名で神武天皇がまつられている。

日本の初代天皇神武天皇であると知っている人はどのくらいいるだろうか。

日本人なら初代天皇くらいは覚えておきたいものだ。これは、キリスト教徒が聖母マリアを知らないのと同じくらいのことであるといっても過言ではない。

この本の著者の竹田恒泰氏は中学校の歴史教科書を学生とともに作り、文部科学省にも検定に出している。(検定不合格教科書という名前でその本も出版している)

日本人がより日本を誇りに思い、日本の良さを知り、欠点も知り、欠点は補いながらも、正しい愛国心をもって生活できればなと思っている。

正しい愛国は右翼ではない

この本で印象に残っている言葉がある。

しかし、国民が国を愛さなくなったら、国は滅ぶ。

「愛国」というと右翼と思われる昨今だが、愛国は中道であって、なにも右翼の物ではない。   (p.164より引用)

本当にその通りだと思う。

何かと日本では右翼だの左翼だのと罵られていることがあるが、愛国を叫ぶのはどちらでもない。

日本という国を愛していることの何が悪いのだろうか。

なにも、戦争をしようなどと思っている国民は日本にはいないのではないか。日本人が日本のことを好きでいることは当たり前であるし、いくら政府が悪いと言っても、景気が良くないと言っても、僕の愛国心は有り続けるだろう。

政府に対して、正統な批判はおそらくするとは思うが、日本という国を嫌いになることはよっぽどのことがない限りはないだろう。

愛国がなぜ右翼と言われるのかは、おそらく第二次世界大戦の頃の影響だろうと思う。確かにあの頃は悲惨だと思う。国のために多くの命が失われ、日本が戦争を早くやめれば良かったという節もないわけではない。

しかし、あの頃の愛国心はそこまで悪いものではなかったのではないだろうか。確かに今の時代では考えられないような無謀なことをやっていたのは事実であるが、日本人としての誇りは見習うべきであると思うし、国のために命を捨てる覚悟というのは甚だ尊敬に値する。

科学的でないことを信じない傾向

昨今の日本人は、科学的でないことを信じない傾向がある。

しかし、論理的であることを論理的に証明できるだろうか。結論でいえば、できない。

科学的であると言っても、科学的であるということを証明することは叶わない。

科学的に正しいとされているだけであり、科学も万能ではない。

これは、受け売りであるが、神秘主義に基づく、合理主義であるのがよいのだ。

論理自体が神秘であり、言葉で表現できない領域があるのは事実である。それを認めないのは愚かだと思う。

言葉というのは有限だが、神秘は無限であるし、抽象的な事象になればなるほど言葉では表現できない。

単純な言葉に説得力が生まれるのも、その人自身の言葉にならない経験や、背景すべてを含んでいるからで、単純に言葉だけから説得力が生まれるのではない。

又吉氏の火花から引用するならば、説得力とは「血の通った激情の実践」である。

1つの言葉をとっても人によって感じ方がまるで違うのも、言葉の有限性、言葉の限界を示しているように思う。

このように、言葉では表せないことはあるのであり、科学的であることがいえるのも有限であるから、科学だけに妄信的になるのは危うい。

今の日本人の多くはこの危うさの中にあるのではないかと思う。

神話を否定してしまうのも、それが原因であると思う。

人知を超えたものを認める姿勢を現代人は忘れがちである。今後は、神秘主義も持ちつつ、論理的に物事を考える姿勢が必要なのではないかと思う。

 

完全にこの本の趣旨から外れたが、

要は、科学的であるかという1つの物差しだけではからず、神秘という物差しも持つべきであり、神話などは得てして神秘的であるから、歴史の古い日本を語る上では神秘的にならざるを得ないということが言いたい。

 

今回は、日本人はなぜ日本のことを知らないのかという本をテーマに書いてみた。

正しい歴史を知り、日本人としての正しい愛国心を持つ人が増えることを祈ってこの記事は終わりとする。

では。